Forget you not

「今」はいましかないから 全力でいまを

オセロー 忘備録: 彼がみる先

 

オセロー 全38公演、演者の皆さんスタッフの皆さんお疲れ様でした。

 

シェイクスピアについてロミオとジュリエットを少し嗜んだだけで、オセローは本を買うところから始まった私のオセロー 。

(言いたかっただけ)

考察も何もなく、ただただ思ったことを綴りたいと思う。

まず神山くんがシェイクスピアの世界観に生きたこと。これが本当に嬉しかった。前述の通り自分はシェイクスピアに関してロミオとジュリエットしか観たことがない若造だけれどシェイクスピアは芸能が好きな人は誰もが知ってる劇作家だ。そのシェイクスピアの作品に、翼くんの代役としてたくさんの人の中から選ばれたこと。驚きと喜びで身体が震え、オセローを買いに本屋に走った。

(新訳が発売される前でどれを買えばいいのかわからず2冊買った。なので、我が家にオセローが3冊ある)

 

読めば読むほど、イアーゴーが怖くなった。
最初からムーアが嫌いで、裏切る気で、でも正直者の仮面を被ってニコニコしながら忠誠を誓う。神様にだって…
どうやって、彼はこの世界に生きるのだろうかとワクワクしながら幕開けを待った。

 

 

幕が開く

 

言葉を失うくらいすごかった。
膨大なセリフを早口で捲したてるイアーゴーに、純粋で美しい愛あるデズデモーナに、誰よりも強い女性だったエミーリアに、そして感情を爆発させた時誰もが慄いてしまうぐらいのオセローに魅せられた。

いろんな取材で、「こいつ嫌いって思ってもらえたら」といった言葉を残していた神山くん。
神山くんのイアーゴーは確かに嫌な奴だった。
でも、それだけじゃないと私は思う。


私は、イアーゴーが可哀想な人だなと思った。

 

自分を副官にしなかったムーアが嫌いで、なんなら副官の座を奪った算盤野郎が憎くて仕方ない。
しかも、ムーアはベットで自分の代わりを務めたらしいという噂まである。
話が進むにつれて正直、どこまで本当の話なの?と思ってしまうくらいイアーゴーは周りを憎んでいた。

 

そもそもイアーゴーは本当は何をしたかったんだろうか。
副官の座が、名声が欲しかったのだろうか。
ムーアを貶めたかったのだろうか。
彼の心のうちはなかなか見えてこないくらい真っ暗なのかな、と思ってしまう。

 

人間らしさ

 

私が悪魔だとまで言われてしまうイアーゴーが人間らしいと思えたシーン。

1幕ラスト、きっと神山担ならみんな大好きであろう見せ場の一つ…地球儀をふわふわと浮かばせ操るあのシーン。地球儀の周りを回っている時彼は余りにも怖い表情をしているように見えた。
でも、手に取り浮かばせた時、操ってる時。その瞬間は余りにも純粋な青年…少年のように見えた。
世界すべてを手に入れることが可能なのだと、信じて疑わない…そんな様にすら見えてしまった。


そして、3幕の鏡ごしに自分と向き合うシーン。怖い表情をしていたイアーゴーが、自分と向き合い自分に怖がる。

もうそこには少年の様な表情を浮かべていたイアーゴーは居なかった。淀んだ瞳、濃い隈を残す目元、元から色白な肌でさえより病的に見えてしまう、イアーゴーがいた。

自分と向き合い自分に怯える彼は、筋書きは全て自分の頭にあると言い放った彼とは全く違う人だった。自分の筋書き通りに進んでいる様に見えた物語は自分の望まない、想像の範疇を超えた終焉を迎えようと動き出している。

全く知らない自分と同じ顔したナニカ……

緑の目をした怪物に自分が蝕まれていることに怯えている様に私は見えた。
それまでのイアーゴーはずっと勝気で、ニヤニヤとイヤな笑みを浮かべたり、誠実さを絵に描いたような表情を見せたりしていたが、怖がる様なんて一切見せなかった。

唯一、怖いという感情を見せるシーンであって、人間らしいシーンだと思う。

 

イアーゴーがたった一人板の上で座り悪事を考えつくシーン、物語が動くシーン、彼は赤いライトで照らされる。すると、壁には赤い光の中で真っ黒な影が浮かび上がる。イアーゴーのものだ。私はそれが、その黒い影こそが緑の目をした怪物であり、イアーゴーを蝕む悪魔の姿の様に感じた。
姿が見えないそれは、3幕の鏡のシーンで私たちの前に現れたのかもしれない。

 

 

イアーゴーのそれから

 

9.22のソワレ公演、1階席の上手側の席だった私は、ラストシーンを観て衝撃を受けた。
3幕の終わり、余りにも残酷な物語の終焉。たくさんの人が倒れた部屋の中むくりと起き上がり、足を引きづりながらもオセローとデズデモーナ…エミーリアの側へ行き、ベットに背を預け座り込むイアーゴー。徐々に暗転していく舞台上。それでもイアーゴーは……ただただじっと前を見つめていた。淀んだ瞳をしていたイアーゴーが、爛々とした目でじっとなにかを見据えていたのだ。その目の光だけが、暗転した舞台にぽっかり浮かんでいる様に見えて、単純に怖いと思った。
彼はこの後どうなるのだろうか。独りぼっちになってしまったイアーゴー。駒の様に扱っていた人だって、恨みの対象だった人だって、愛した人だって、誰も彼もいなくなって彼は独りぼっちだ。 

 

独りぼっちは寂しい。孤独は誰だって怖い。
オセローを貶めるために生きていた様にも見えたイアーゴーは、生きる意味を失ってしまったのだろうか。
イアーゴーはたしかにイヤな奴だけど、それだけじゃない。結果自分の手で孤独を手に入れてしまった可哀想な人、私にはそう見える。

 


彼は独りぼっちの世界でなにを見ていたのだろうか。